茅葺民家紀行3 由良川沿い広がる美山の里の秋;京都府北桑田郡美山町(現 南丹市)

はじめに

南丹市美山町は、京都市と福井県小浜市の中間に位置します。1955(昭和30)年、知井村・平屋村・宮島村・鶴ヶ岡村・大野村(現在も大字(おおあざ)として残る)が合併して美山町となり、更に2006(平成18)年に周辺の町と合併して南丹市の一部となりました。明治期まで小浜と京都をつなぎ多くの物資が行き来した鯖街道の一つ周山街道(国道162号線)が南北を貫いています。又、京都市左京区との界にある佐々里峠が分水嶺となり、美山町側に下る川をあつめて日本海にそそぐ由良川が東西を流れます。周囲を山々に囲まれ、9割以上が山林で、耕地面積はわずか2%しかありません。由良川とその支流が樹枝状に山間渓谷盆地を形成し、その川沿いのわずかな土地に林業を主な生業(なりわい)としていた山村集落が点在しています。平安期には禁裏御料地でしたが、その後、荘園として分割されました。室町・戦国期、管領細川氏配下の国人宇津氏、その後、幕府奉公衆の川勝氏の所領となりましたが、江戸時代は園部藩と篠山藩領でした。

1995(平成7)年9月9日 美山町野添
美山の茅葺民家のかたち

千木は棟に対して左右対称ではなく、入口側の面に大きく傾斜し、裏面は角度が緩くなっています。町内には平成の中頃まで、茅葺民家が比較的多く残っていましたが、過疎化が進むとともに、一時あった旧美山町の茅葺屋根の葺替え補助金制度が縮小されたことにより、重要伝統的建造物群保存地区に選定された北集落を除いて、急速にその姿を消しています。当地の茅葺民家は「北山型民家」とよばれ、京都市の北側に広がる「北山」地域にある民家の一般的な形態です。急こう配の入母屋の大きな屋根に棟飾りとしてやや反り上がった✕に交差する大きな千木(主に栗材)を乗せているのが特徴で、平入りです。間取りは田の字型で、板壁や板戸で間仕切られました。近畿地方の中では比較的積雪が多かったことから、地表面より一段上がった「上げ庭」と言われる土間があり、そこに台所もおかれました。山村で少しでも耕地面積を増やしたかったのでしょうか、又、洪水を避ける意味合いもあったかもしれません、多くの家は山裾に階段状の屋敷地を持ち、正面側に石垣を築いて平らな敷地を確保し、母屋と納屋、蔵が等高線に並行して建てられています。現存している民家は江戸時代中頃から戦後すぐにかけて建築されたものです。

1995(平成7)年9月9日 美山町内
美山の里の秋
1995(平成7)年9月9日 美山町内

美山の四季の中で個人的には特に秋が美しいと感じます。9月初旬頃、斜光線で黄金色に輝き頭を揺らす稲穂。9月下旬には畦に一斉に咲き誇る紅色の彼岸花。それから1か月ほどすると山々は赤や黄色の紅葉に染まり、緑と茶色の世界がひと時一気に華やぎます。そんな中にたたずむ茅葺民家はいつまでも見飽きません。といっても、枚数を稼ぐために後ろ髪をひかれながら、次の撮影地に向かわなければなりませんが(笑)

1991(平成3)年9月 美山町長谷
1991(平成3)年9月 美山町長谷
1993(平成5)年11月14日 美山町内
1993(平成5)年11月14日 美山町内
1993(平成5)年11月14日 美山町内
1993(平成5)年11月14日 美山町内
1993(平成5)年11月14日 美山町内
1993(平成5)年11月14日 美山町内

上3枚は同じ場所です。山の方に向かう道をふらっと上がると広がっていた光景です。背後に広がる紅葉と手前のススキ原の風景はまさに、「秋さやけし」でした。美山町で納屋は母屋から独立して建てられている場合が多いのですが、写真のように母屋に接続して建てられているものも多く見かけました。同じ「北山型」茅葺民家でも京都市域ではあまり見かけなかったことから、美山町域で独自に発達した建築形態かもしれません。

1993(平成5)年11月14日 美山町内
1993(平成5)年11月14日 美山町内
1993(平成5)年11月14日 美山町内
1993(平成5)年11月14日 美山町砂木
1993(平成5)年11月14日 美山町和泉
1992(平成4)年11月15日 美山町内
1992(平成4)年11月15日 美山町南
1992(平成4)年11月22日 美山町大野
1992(平成4)年11月22日 美山町大野
1992(平成4)年11月22日 美山町大野
1992(平成4)年11月22日 美山町大野

大野は江戸時代前期(17世紀)に活躍した京焼の祖・野々村仁清生誕地の地です。現在も生家と言われる建物が存在します。仁清は丹波篠山立杭、京粟田口、美濃瀬戸で修業した後、京に戻り仁和寺前で窯を開きました。仁和寺前を通る周山街道(国道162号線)は、故郷へつながるみちでもありました。

1992(平成4)年11月23日 美山町内
1992(平成4)年11月23日 美山町下平屋

納屋の軒桁を支える湾曲した方杖に注目してほしいのです。北山杉の産地ならではのもので、他の地域ではなかなか見かけないものです。幼木時代、積雪により根元が曲げられ湾曲し、その後真っ直ぐに成長する杉の特性が生んだものです。人為的にわざわざ生産されたものもあったのかもしれません。

1992(平成4)年11月23日 美山町深見
1992(平成4)年11月23日 美山町内
さいごに

美山は「ABOUT」に書きましたが、茅葺民家を長年に渡り撮影するきっかけとなった地です。大学時代、京都市内に住んでいましたが、そこから始まる周山街道を美山へ。就職後も実家のある大阪から、東京に転勤するまでの3年間、足しげく通いました。その割には大した写真はありません(汗)。しかし、月日が流れ、撮影した民家のほとんどは現存していません。平成に元号が改まった後の数年間は、茅葺民家が普通に存在した最後の時期でもありました。その時代の美山の里を記録した写真としてみてもらえれば幸いです。写真は後年撮影したものを除き、全て中判カメラで撮影したものです。10枚撮りのフィルムはとても貴重でした。そして、フィルムの装填は時間がかかり、装填中に日が陰ったりして、何度シャッターチャンスを逃したことか…デジタルカメラとなった今では考えられない、なんとも懐かしい思い出です。

数十年の時を経て、撮影地も当初記録していなかったことから、あやふやなものがあります。もし、間違えていたり、不明のもので「ここや」とおわかりの方はぜひご一報をお願いします。

(参考文献)
ウイキペディア
かやぶきの里・南丹市美山町北伝統的建造物群保存地区保存計画

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